主婦による市民運動が都市計画的観点で映画化されたって。『ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』│雑記

ジェイン・ジェイコブズ がいなかったら、世界で一番エキサイティングな都市・ニューヨークは、きっとずっと退屈だった。

1961 に出版された「アメリカ大都市の死と生」は、近代都市計画への痛烈な批判とまったく新しい都市論を展開し、世界に大きな衝撃を与えた。今や都市論のバイブルとなったこの本の著者は、NY のダウンタウンに住む主婦、ジェイン・ジェイコブズ。建築においては一介の素人に過ぎなかった彼女の武器は、その天才的な洞察力と行動力だった。本作は、当時の貴重な記録映像や肉声を織り交ぜ、“常識の天才”ジェイコブズに迫った初の映画。都市は誰がつくり、誰のためにあるのか? 私たちが暮らす街の未来を照らす建築ドキュメンタリー。

ゴールデンウイーク初日に、都市再生プロデュース論の講義内で紹介されていた映画『ジェイン・ジェイコブズー ーニューヨーク都市計画革命ー』(原題:Citizen Jane:Battle for the City)を渋谷ユーロスペースで観てきた。

都市計画という漠然と大きなものを考えることはあまり今までの人生ではなかったこと、なんとなく都市で生きていることを痛感させられる映画だった。

誤解を与える可能性をいとわずに率直にストーリーを言うならば、

「トップダウン型の都市開発をしようとする男に対し、自分が住んでるエリアの都市開発に反対した主婦による市民運動が成功した話」である。

見終わった後、「都市計画」という観念や価値感、考え方について考えを巡らせつつ、一つの疑問が浮かんだ。

主婦による市民運動は、なぜ都市計画において重要であり映画化されたのか。

なぜ彼女なのか。「私のNYがー」と発信している彼女じゃなくてもよかったのではないか。

主婦だというのがキャッチーだったのか。都市計画に反対したのが彼女が最初だったからなのか。彼女の著書『アメリカ大都市の死と生』が有名だから……?いやでも、建築家でもわかりやすく都市について説いている人だっていたよね?

そもそも、主婦が「わたしたちの街を壊すな!」って言った初めての人だからフォーカスされているとしたら、それは都市計画うんぬんというよりも「時代性を特集」しているわけで、建築家がとやかくいう話ではないんじゃないのだろうか……。

とうまく腑に落ちなかった。

私は「ナニカ」にもやもやしていた。

しかしそれらについて、上映後に行われた五十嵐太郎さん(建築史・建築批評家)×山崎亮さん(コミュニティデザイナー)によるトークショーで、はっとさせられることとなった。

都市は人類最大の発明であり、変化し続ける

この映画の面白いところは、「都市計画」にフォーカスしており、都市開発がすすめられた時間軸によって淡々と映像が展開していく。まるで都市計画の教科書のようだ。(都市に興味がない人には退屈かもしれない。映画館内では開始30分で寝息が聞こえていた。)

彼・彼女の生い立ちにはほぼ触れない。もちろん、なぜ彼女が開発者に抗議するようになったのかどうやって立ち向かったのか、という展開はあるが、主題は都市計画だ。

象徴的なのは、映画の冒頭でナレーションで「都市は人類最大の発明」といい、肥大化した都市の映像が流れる。都市に対し、距離を置いて俯瞰的な映像が5分ほど続く。その映像群は冷たく、あまり生命的なものは感じられない。

都市の歴史的背景

技術の近代化により急に都市が発展した1920~30年代。都市への人口流入による過密化が進み、貧富格差が生まれ、都市はスラム化した。

スラム化した街をよくするために、より一層に近代化を進めるために、汚いものを一掃し理想都市を求めた都市計画が進行したのが1940~1950年代。

そして、権威的な政策や都市計画により、従来の活気ある生活から追いやられた市民の中から声を上げる者が出てきた1950年。

特に1960年になると、ジェイコブス・ジェインやレイチェル・カーソンのような女性による環境や都市に対する抗議が社会的に注目されるようになる。

都市計画の歴史的背景

1920年代:技術の近代化
〈都市〉人口過密/スラム化
〈建築〉機能/合理主義のモダニズム

1930年代
〈NY〉世界恐慌。スラム化や衛生問題が加速

1940年代:第二次世界大戦終結
〈都市〉モダニズムという都市の理想郷を求める
〈建築〉『輝く都市』(ル・コルビジェ)が刊行

1950年代
〈都市〉都市開発≒都市の破壊が進む
〈NY〉権威的な政権による市民を顧みない都市計画

1960年代
〈都市〉『アメリカ大都市の死と生』(ジェイコブズ・ジェイン)
〈都市〉『沈黙の春』(レイチェル・カーソン)
〈建築〉『都市のイメージ』(ケヴィン・リンチ)

トップダウン形式の俯瞰的な都市計画が横行した時代を経て、ボトムアップ、市民の女性による観察によって都市を提言したのがジェイム・ズジェインだった。

 

ジェイン・ジェイコブズとケヴィン・リンチは補完し合う関係だった

イメージを構成する3つの要素

A:アイデンティティ:対象物(東京)を他のものと見分けるためのもの
B:ストラクチャー:対象(東京タワー)と対象(ハチ公)との間の空間関係
C:ミーニング:この対象(東京タワー)は観察者にとって、実際的/感情的に意味を持つもの

(例) 「東京を書いてください」
A:アイデンティティ:東京タワーを描く=東京と他のエリア(大阪や北海道、沖縄など)を隔つ共通のイメージ
B:ストラクチャー:東京タワーのほかに、山手線を描き、渋谷のハチ公や池袋のフクロウ、巣鴨の商店街などを感覚的に位置を表すこと
C:ミーニング:東京タワーは子どもの時に行った懐かしい場所、池袋は高校生のときよくデートした思い出の場 

私が見た渋谷のユーロスペースで、その日は上映後に、五十嵐太郎さん(建築史・建築批評家)×山崎亮さん(コミュニティデザイナー)によるトークショーが行われていた。

その中で山崎さんが言った「ケヴィン・リンチとジェイコブズ・ジェインは補完しあって都市を説明している」というのがわたしの鑑賞後のもやもやの原因を解明してくれた。

ケヴィン・リンチは『都市のイメージ』(1960年)で都市計画家としての視点ではなく、市民の視点=都市を構成するイメージを研究した人である。

彼の叙述でもっとも有名ものは「都市を構成する5つの要素」についてであるが、その前に「環境に対するイメージを構成する3つの要素」提示している。

そのうちの1つをジェイコブス・ジェインは言及したというのだ。

建築家ケヴィン・リンチによる都市の構成論

都市をそのもの自体ばかりではなく、そこに住む人々によって感じ取られるものとして考えなくてはならない。

人々が環境に対して抱くイメージとは、常に3つが同時に現れていると述べた。

環境に対するイメージを構成する3つの要素
A:アイデンティティ(そのものであること・役割)
B:ストラクチャー(構造・空間的関係)
C:ミーニング(意味・象徴)

そのうちのミーニングは個人的感情すぎるため、本書では切り捨てるという。

そして、A:アイデンティテ、B:ストラクチャーについて研究した結果、都市の構成を5つのエレメントに分類した。

都市を構成する5つの要素
1.パス(道・通り)
2.エッジ(縁・境界)
3.ディストリクト(地域・特徴ある領域)
4.ノード(結節点・パスの集合)
5.ランドマーク(目印・焦点) 

 

「彼女は、建築家ケヴィン・リンチが切り捨てたこのミーニング(意味・象徴)をひたすら叫んでいた人なのではないか」と山崎さんは言ったのだ。

一市民、ジェイン・ジェイコブズの大いなる素人性

山崎さんのいう話を聞いて「なるほど」とすっきりとした気持ちになることができた。

主婦が市民運動を起こしたことが、都市計画として重要事項としてなぜ映画化されたことへの疑問点のそもそもの根源は、なぜ個人的な意見が都市計画という学術的な部分に影響を与えたのか理解できなかったことだったのだ。

私が感じた違和感とは、映画の中でも「私たちの母親にとって大切な公園」「私の息子にとっての思い出のある場所」「市民にとっての価値がある路地」と<私>が感情的な話をしてばかりいることだった。

しかし、この違和感が彼女が声を上げた本質的な部分であり、この都市計画視点においてもっとも斬新で、だれも言及していない部分だったのだ。

都市の意味や住処の象徴は、私たちの感性の中にある

建築家では学術的に追及できず諦めたこと、ミーニング(意味・象徴)を「市民にとって都市生活に必要である」と求めたのが彼女だった。

都市の一部に誰しもが持っている個人的な感情。例えば、初めてキスをした公園の茂みだったり、通学路にあるどうってことはない電柱だったり、もしくは一度しか行ったことがない駅の駅舎だったり。

どうしてだかわからないけれど大切、そもそも大切ですらない記憶の底によどんでいる個人的ななにか、そういった懐かしみや思い出、記憶のトリガーになる部分。

そういったものを都市の要素として落とし込んだのが、彼女の提唱する「街を元気にする4大原則」だったのだろう。(これは作品内に非常にわかりやすく映像で説明されていた。)

結局、都市をつくるのは一般市民

都市を生きるのは、建築家でなくて、施政者でなくて、一般市民なのだ。

だから今、私たちが都市(都会ではないので、田舎も含める)で生活していて、時折感じるその「ナニカ」は、本来は街にとって必要不可欠なものなのかもしれない。

その感性が都市を構成しているものだとしたら、時代が進むにつれて、もしくは地域を変えることによってそれが失われていると感じることがあったら、その「ナニカ」について積極的に考えていくべきなのだろう。

現在は2018年。1960年とは、都市の基盤が違う。

一度、1960年代を経て、都市計画によってつくられた都市の中にある「生きる意味」や「住みかへの象徴」をどう守り、どのように再生し、どうやって構築しなおすべきなのか。

それが今回トークショーに登壇されていた山崎さんのようなコミュニティデザイナーというカタチかもしれないし、まちづくりというカタチなのかもしれないし、トップダウンであるゼネコンやデベロッパーの中から変化をももたらす存在かもしれない。

併せて読みたい
ケヴィン・リンチ『都市のイメージ』

 

ということに気づいたゴールデンウイーク初日は最高だ。

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