大量生産・大量消費社会 がもたらした都市を知るための必読本│書籍紹介

今を知らなければ未来を考えることは難しく、過去を知らなければ今を語ることも難しい。

なぜ、近代に建築は大量生産されたのか。

産業革命以後、モノを欲望のままに生産し、消費し、目まぐるしく生活を変えてきた彼らはどんな世界にいたのか。

“時間貯蓄銀行と契約した彼らの生活を知ることが、大量生産・大量消費の時代を知ることだ。

街に突如現れた高層ビルの森。郊外に同じ形の住宅が乱立するベッドタウン。日本の文明開化のお手本国、欧米では、1960年から1970年にかけて社会が目まぐるしく変化した。当時の時代背景・社会情勢がわかる書籍5選。

平日の電車の中でも読めるような読みやすい言葉で書かれている書籍を集めた。



 

人々はどのような暮らしをし、何を考え、何を求めて生活していたのか。

彼らが生きた50年後、100年後を生きる私たちは、彼ら・彼女らがが気づき、警鐘し、知識を与えてくれた世界にいることを知っておかなくてはならない。

明日への田園都市│エベネザー・ハワード (1898年)

18世紀後半からイギリスで起きた産業革命以降、都市には労働を求めた人々で溢れかえった。流れ込んできた人々を受けきれなかった都市は悲惨な労働・居住環境となった。

Wood engraving from ‘London: a pilgrimage’, by Gustave Dore, 1872. Signed in the block blc: Over London – by Rail. Depicting [East End] tenements, washing in back gardens, chimney pots, railway in distance.

引用:http://collection.sciencemuseum

悲惨な労働・居住環境を改善するため、都市および農村の魅力を併せて、均衡のとれた社会を目指す田園都市構想を提案したのが、この『明日への田園都市』である。

今から100年前に発表された本。1918年に『理想的な住宅地「田園都市」の開発』を目的とする、東急線沿いに田園調布を作るにあたって参考にされた都市計画書である。

アメリカ大都市の死と生│ジェイン・ジェイコブス (1961年)

産業革命を受けて、街が早熟し、市民と権威者がぶつかりだした時代。一市民の主婦が「私たちの街ニューヨークを、都市計画で壊すな」と立ち上がり、初めて市民運動を起こした本。

「もしもジェイコブズがいなかったら、世界で一番エキサイティングな都市・ニューヨークは、きっとずっと退屈だった。」

ボトムアップ的な視点で、街を観察し、街を町たらすしめている活気の原則・街を構築する記憶的な部分を言語化しようとした書籍。

SD選書あるあるだが、若干高価。簡単に概要を知りたいという人には映画『ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』(92分)がおすすめ。

都市は、人間の最大の発明である。

沈黙の春│レイチェル・カーソン (1962年)

モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語│ミヒャル・エンデ (1973年)

突然現れた灰色の男に、今まで過ごした時間の収支決算書を見せられて、「あなたの時間は無駄だらけ!節約して、貯蓄しましょう!」と時間を盗まれ”人間らしさ”を失っていく人々を一人の少女が助ける話。

映画もある。でもこれは文字媒体のほういい。

児童書だが、大人でも退屈することなく、読める。むしろ大人ではないとわからない本。

一部抜粋。

時間倹約家たちが増えると、毎日、毎日、ラジオもテレビも新聞も、時間のかからない新しい文明の利器のよさを強調し、ほめたたえました。
こういう文明の利器こそ、人間が将来「ほんとうの生活」ができるようになるための時間のゆとりを生んでくれる、というのです。けれども現実はこれとまるっきりちがいました。(略)

仕事がたのしいかとか、仕事への愛情を持って働いているかなどということは、問題ではなくなりました。——むしろそんな考えは仕事のさまたげになります。だいじなことはただひとつ、できるだけたくさん仕事をすることです。

そしてついには、大都会そのものの外見まで変わっていきました。旧市街の家々はとりこわされて、よぶんなもののいっさいはついていない新しい家がたちました。どの家もぜんぶおなじに作ってしまうほうが、ずっと安あがりですし、時間の節約です。

 

私たちは、時間倹約家なのだ。

 

宇宙船地球号操縦マニュアル │バックミンスター・フラー (1963年)

人間の失敗には多くの要因があるが、最も大きな要因のひとつは、効率を重視し、専門性が分化したことでだ。とフラーは述べる。

学校とは、産業革命以前の18世紀大航海時代に、権威者が専門の技術者を養成するために試験を課し、勉強をする場を与えたことが始まりだったという。

王族や貴族は、この教育という手法により専門家を手にし、自身は組織の頭脳となり自益を手に入れた。この制度が、組織を縦割につくりあげるようになったのだ。

そしてフラーは、縦割り的な専門分化が包括的な思考を妨げていると、1963年に予知した。

現在読むと「縦割り組織はよくない」とよくある話だが、50年も脈々と続いてきた分化された組織を、この時に指すでに指摘し、予知していることが信じがたい。

産業革命による消費社会を手に入れ、大量生産・大量消費 の時代を経て、個性化・差別化の社会が訪れ、現在ノンブランド志向・シェア型社会という時代を生きる私たち。

大量生産・大量消費 の時代に「いい生活」を得ようとして「時間」すなわち「生活」を失った彼らの教訓から得られたことは、変化に気づく能力が必要だということだった。

建築は、一度立ってしまえば、そこに何十年と存在し続けるモノである。

建築は、否定しようが、何しようが、社会性を伴う。

その責任を負うべき人々には、灰色の男たちとの契約を結んでしまった社会に気づき、空間を必要とする人々の声を、モモのようにじっと耳を傾けるべき存在であるべきではないだろうか

本当に必要なのは、建築なのか?

きっと聞こえてきた声に、こたえられる人たちが次のシゴトをつくる人になっていくにちがいない。

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