ピラミッド以前の建築って?人類が建築を手に入れるまでの歴史│人類と建築の歴史

建築がはじめて作られたのはいつなのか考えたことはあるだろうか?

一番古い建築は?と聞かれたら多くの人は「ピラミッド」を、少し詳しいひとならギリシャ建築を答えるのではないだろうか。

では、それより以前はどうなのだろう。

原始時代に、建築はなかったのか?

確かに、どの 建築史の本を読んでも、始まりはエジプト・ギリシアからはじまる。

人類も他の動物と同じように「すみか」があったに違いない。いつからすみかは建築になったのか。エジプト以前の家は、建築ではなかったのか?

なにをもってして建築というのか。

建築が建築になる前。原始時代、人類が獲物を追うその日暮らしの「すみか」から始まり、人類の進化・発明を経て、すみかはやがて「家」となる。

社会が生まれ、祈りの場として神の家が誕生する。神の家は、特別であるために空間に「内部」と「外観」をもたらした。

「人類のすみか=家」と「神への祈りの場=建築」を手に入れるまでの人類の進化について藤森照信著の『建築と人類の歴史』をもとに考える。



人類のすみかが家になるまで

はじめ、人類は獲物を追いながら暮らす狩猟生活をしていた。村という集団生活をする場を持つまでの過程について。

旧石器時代(氷河期)
・打製石器(狩猟用。木は切り倒せない)
・獲物を追って移動する必要がある→洞窟や穴を掘ってマンモスの骨を立てかけた巣穴のようなすみか

↓ 氷河期終わる
↓ 森・川・海の恵みが急増
↓ 人類の生活安定
↓ 磨製石器を発明
↓ 定住する

新石器時代(BC8000年~BC1000年)
・磨製石器(木を切れる):農耕・牧畜の開始
・磨製石器(木を切れる):木を使用した家
・定住が可能 → 集団生活ができる

家を作るのに必要なものは、道具・知恵・仲間

床・柱・壁で構成された「家」をつくるのに必要なものは、部材となる木を切り出すための「道具」、人よりも大きな家をつくるための「知恵」と「仲間」である。

これらを手に入れるまで、マンモスの骨をでつくった巣穴に住んでいた人類が「家」を作るまでの進化の過程について整理する。

【道具】石器の進化により木材を手に入れる

石器の特徴
[旧石器] 打製石器
狩猟用
鋭利な石器だが、木は切れない

[新石器] 磨製石器
打製石器の改良版
磨きあげ表面がなめらかな石器。狩猟には向かないが木を切れる


猿人類がアフリカを旅立ち、オセアニア大陸へたどり着き狩猟生活をしていた原始時代とは「旧石器時代」「新石器時代」のことを指す。

石器の新旧で、時代が変わる。

道具によってもたらされて人類の進化はそれだけ大きかったとも言える。

旧石器とは「打製石器」のことである。石と石を打ちつけた石器で、非常に硬い。

獲物をしとめ、肉を切り裂き、皮をはぐのに役に立つ。しかし、鋭利ゆえに植物や木を切り倒そうものならば刃がこぼえれてしまい、すぐに使えなくなってしまう。

一方、新石器とされる打製石器のあとに発明されたのが「磨製石器」である。文字のごとく、石と石をこすり合わせて磨いてつくる。石を研ぐため、柔らかい石でつくる必要があった。

柔らかいため刃がこぼれにくく、手入れもしやすく、木や植物を切り出すのには適していた。

磨製石器は、人類で初めての大工道具なのだ。

【知恵】狩猟から農耕へ。定住がもたらした知識の蓄積

では、なぜ磨製石器を発明することができたのか。

それを考えるには、狩猟時代と農耕時代への過程を知る必要がある。

旧石器時代の地球は、氷河期で森や海などの動植物の採集よりも大型の獲物を追い求める狩猟生活をしていた。集団で移動する、その日暮らしだった。

人類のすみかは、巣穴だった。

自然の洞穴に住むか、もしくは、木を手に入れられない人類ができることは地面に穴を掘りマンモスの骨を立てかけて、獣の皮をかけ雨風をしのぐための巣穴をつくることであった。

鳥や虫がつくる巣穴と同様だった。

しばらくすると、氷河期が終わり、地球は温暖化する。氷河が後退し、森林地帯が発達した。森や川や海の恵みが豊富になった。

森や海のそばに住むことで、人類は獲物を追う必要が減った。

移動しないから、時間ができて気持ちにゆとりができたのではないか。

時間ができたから、人類の誰かが「磨製石器」をつくりあげた。石と石をこすり合わせて磨くことで刃物にする磨製石器を作るには、時間が必要なはずだ。

人類は道具をつくるための時間を、偶然ではあるが氷河期の終わりを迎えたことによって、手に入れることができたのだった。

【仲間】定住がもたらした人間社会

定住によって得たもの
人類の経済社会 = 生活の向上
→ 大きな道具の発明
→ 農耕の浸透
→ 知識による技術の進歩
→ 人口増加による労働力

自然が豊かになり定住しだした人類は、「磨製石器」という道具を発明し、木材や植物の採集ができるようになった。

移動しないから、食糧となる植物を育てること、つまり「農耕」ができるようになった。

移動しないから、食糧を長期貯めるための「土器」や、斧のような「大きく重い道具」を作ることも可能になった。「年老いた者」やケガをした者を捨てずにすむようになった。

食料が取れるから人口が増え、道具が充実し、年老いた者の伝承による知識や経験が蓄積されるようになった。

定住によって、人類の集団生活のつながりは強固になり、社会が生まれた。

農耕によって、今までは最低限の食糧の採集だったが、食料を蓄えることができるようになった。

狩りに行くよりも、農耕をするほうが生産性が高いことに気づいた人類は、狩猟時代よりも増えた人口を養うためにも、さらなる農耕地が欲しくなる。

初めは水源の近くで行っていた農業だったが、農地を求めた人類は、樹齢何千年の木々が育っている森に目を付けた。

磨製石器の斧で、森を農耕地に開拓した。

人類は、時間を得たことで「自然破壊の原罪」と「経済」と「労働」を生み出した。

新しい石器をつくった人は、経済社会を実現させた。

 

家は、人が作るものの中では最大だ。ちゃんとした家を作るには道具と仲間が必要で、そのためにはその日暮らしではなく、農耕生活によってもたらせた生活の安定が必要だった。

「磨製石器の誕生」と「森林の開拓」という段階にきて、ようやく人類は巣穴やすみかではない、家らしい家をつくることができるようになった。

 

神に祈る場が建築になるまで

万物に祈る旧石器時代と、唯一性に祈る新石器時代を経て、祈りを捧げるための特別な場所が必要になった。

人類は、人類のためのすみかだった家を特別にするために、表現を生み出し、神のための家、すなわち「建築」を生みだすことなる。

旧石器時代:地母信仰
・狩猟 → すべての生命への祈り


↓ 農耕:太陽が生命現象を動かしていると気づく

新石器時代:太陽信仰
・農耕 → 天への祈り
・季節や日の巡り=太陽=唯一神の誕生

生命を願う母なる大地と天を仰ぐ太陽信仰

原始時代、人は、なにに対し祈ったのか。

人類が多く生まれ育つよう祈り、食料を十分にとれるように実りを、そして動物の繁栄を祈った。

生命のサイクルに対しての欲求が「祈り」というカタチとして現れた。

祈りの対象:地母神と太陽神
地母信仰:母なる大地
▼人類の多産・動植物の豊産への祈り
生命現象を司る、豊かな生の神であり災難をもたらす死の神でもある。

太陽信仰:地上の支配神
▼動植物の生命現象の源、太陽への祈り
地上から切り離された天空にあり、地上を支配する唯一の神。男性的なる絶対神。

 

建築=家+表現(特別な内部空間+権威的な外観)

神の家がもたらしたもの
地母信仰:内部空間
生と死を象徴する、人を包み込むような特別な気持ちにさせるインテリア

太陽信仰:外観
天を仰がせ人の眼前に威厳をもち、厳かな気持ちにさせるファサード

人類は、磨製石器を発明し、家を得た。家は個のものであり快適に過ごすために実用的であればよかった。

集団ができあがると、神もしくは権威者といった唯一性に対しての信仰が誕生する。

人類は建築を、生活のためではなく、祈りの場として誕生させた。

「祈るための特別な内部空間」を手に入れたのち、「祈りを捧げる高く威厳ある外観」がもたらされたとき、人類は建築を手に入れたと考えられるのではないだろうか。

 

【インテリア】母なる大地がもたらした特別な内部空間

地母信仰とは、まだ人類が狩りをしていたころに誕生した。

人類が太陽によって、動植物が活動することも、地球の巡りにより季節が変わることもわからない時代。彼らは、生と死のサイクルを祈ることしかできなかった。

それは、はじめは洞窟の奥深くに多産豊産を祈る絵が描かれ、踊り、歌い、祈りを捧げていたとされている。そして次第に、祈りは生活の場とは切り離されて考えられ、神殿を生み出す。

・・・

神殿は、生と死を司る場だった。子を授かるための場、死者を安置するための場。生と死は常に対であった。

しかし神殿の外観は、人間のすみかと変わらない。

内部に入って初めて特別な空間であることがわかる。例えば、ラスコーのように壁画が描かれたり、女性器を模したヴィーナスや女性性の象徴である胸と腰が協調された土偶が飾られたりしていた。

人をやさしく包み込み溶けいった気持ちにさせる空間で、人という身体に魂を迎え入れ、そして身体から離脱する儀式がとり行われていたと考えられている。

生命への祈りは、すみかだった内部空間を特別なものとし、インテリアをもたらした。

 

【ファサード】絶対神である太陽がもたらした権威的な外観

時がたち、狩猟時代を経て、農業を始めた人類。植物の生命のサイクルを観察して「太陽」こそが自然界の生命のサイクルを回していることに気づいた。

冬が去り、山の雪が溶け、雨が降り、水が大地を潤す。草木が芽吹き、虫や動物が元気に動き始め、子が生まれる。

そして秋が来て、草木は枯れて、死ぬ虫や動物が現れる。

それらすべては、太陽の動きに従っていることに気づき、太陽を敬うようになった。

農業によって、人類は太陽を王なる神とした。

しかし、このとき今までの「地母信仰」がなくなるわけではなく、母なる大地の上に「太陽」が重なって、生命が生まれると解釈された。

・・・

万物に魂・精霊が宿り、それらに祈りを捧げていた地母神の考え方は残り、時代の有力者は死後、身体を脱した魂・精霊を偉大なる太陽に向けて発射するようになる。

太陽に向けての発射台を求め、人類は石を立てるようになる。

イギリスのストーンヘンジは、最も有名なスタンディングストーンの1つである。人類よりも大きく、動かすことのできない石を立てることで大きく高い外観をもたらした。

 

また日本では、三内丸山遺跡にやぐらが現存している。石ではないが、これも絶対的な天への祈りを表現する外観を生み出した建築の一つである。

太陽神への祈りは、人の背筋を伸ばさせ大いなるものを感じさせる外観、ファサードをもたらした。

 

建築とは、人間社会が生みだした特別な場のこと

人類ははじめ、意味も分からず狩猟や天候、生命の受理を祈っていた。

氷河期が終わり、自然の恵みを得られて安定した生活により生命のサイクルを動かしているのは、太陽であることを発見した。

そして大地に祈り、天を仰ぎ、人類はすみかではなく人の手でつくられた「建築」を手に入れた。内部と外観を持たせたのは、人の生活そのものではなく、社会的な神への祈りの場だった。

そう、だからきっと、一般的な「建築」史の始まりは、王をたたえ天への祈りを捧げた「ピラミッド」からに違いない。

参考図書

『人類と建築の歴史』藤森照信著

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