今日食べるものを選ぶように、今日着る服を選ぶように、今日過ごす空間を選ぶ│雑記

あなたの生活でも一番長い時間を過ごしているのはどこだろうか?

職場のデスク、学校の教室、自宅のベッドの上かもしれない。

それらの共通項はなんだろうか?

現代に生きる私たちは、たいてい生まれてから死ぬまで、つくられた「空間」でおおよそを過ごす。

しかし、私たちが人生で空間について考える時間は、少ない。



空間を、服を選ぶように選べますか?

食事をするのも、仕事をすることも、買い物をするのも、お風呂に入るのも、眠ることも、だいたいは建物の中の空間で行うことだ。

しかし、私たちが過ごすための場所について考えることは、少ない。

当たり前に、まるで空気のように存在している、空間。

日本に生まれて社会的に暮らす限り、どこにいても付きまとうのに、建物、しいては空間の話があまり一般的でないのはなぜだろうか。

たとえば服を買うとき。

私たちは見た目からはじまり、ブランド、価格、サイズ感、素材を、お店で見て、試着して、直観で選ぶ。

事前にネットやInstagramやPinterestで調べるかもしれない。

今日、何を着るか。

朝、クローゼットから服を選ぶとき、その日一日を考えて、気分をつくる。

街の中を歩けば、ウィンドウを鮮やかに彩るファッション。前を歩く女の子のワンピースのたもとに目がゆく。

私たちの人生に、服について考えなくていい日は、そんなにない。

たとえばごはんを食べるとき。

私たちは毎日、何を食べるか。いつ食べるか、どこで食べるか。誰と食べるか、考えて決めなくてはいけない。

今日、なにを食べるか。

その日食べたものは私たちの身体をつくる。

私たちは健やかに生きるために、食べることを考える。

スーパーで目に入ってきた旬の食材をどう料理しようか。偶然知ったレシピサイトで見たあの料理、冷蔵庫のストックでつくることはできないか?

私たちの人生に、食べることについて考えなくていい日は、ない。

今日、どんな空間でどんな時間を過ごすのか。

あなたは考えたことはあるだろうか?

 

たとえば、住宅空間について。

目が覚めたとき、あなたは自分の住んでいる家が好きだなあ。と感じたことはあるだろうか?

毎日、空間を意識することはないかもしれないけれど、たとえば休日の朝に広い窓から入ってくる朝日が柔らかい光だということ、

花を飾る白い壁が実は表情があること、飼っている猫がいるところが家の中で一番風が通るところだということにふと気づき、「ああ、私はこの空間が好きだな」と思う。

 

住む家を決めるとき、多くの人はまず「間取り」「立地」「家賃」といった条件を吟味して、候補を決める。もっとも理にかなっている。

でも、もし、空間に対して好きや気分がもっと自由に話されるようになったら、「こんな空間」といった指標も出てくるかもしれない。

たとえば、食事するお店を選ぶとき。たとえば、旅行先でホテルに泊まるとき。

私たちは、「立地」「サービス」「価格」で決めがちだ。

それはきっと私たちは普段から、過ごす時間を「立地」「サービス」「価格」をトータルして判断しているからではないだろうか。

その基準に「空間の質」があってもいいのかもしれない。

 

今日、どこに行くか。

その日過ごした空間は私たちの意識をつくる。

私たちは健やかに生きるために、過ごす空間についてもっと考えてもいいのではないか。

 

場所を選ぶことについて、私は鈍感な人生を送っていた

毎日着る服、毎日食べるもの、毎日過ごす場所。

空間は、どうして空気のような存在なのか。

普段から、「かわいい」「流行っている」といった感覚をもつ衣服と、「おいしい」「健康にいい」といった感覚をもつ食に比べると、空間はどこかよそよそしく感じる。

空間が建物に付随するもので大きな買い物だからかもしれないし、建物が街を構成しつくしているせいかもしれない。

過ごして、触って、においをかいで、撮って、話して、そして伝えて、ということがだれでもできる世界になったらいいのに、と思う。

そのためには、わたしは、空間や空間をつくり出す建物について知らなさすぎた。

義務教育で教わることもなく、人生で数回、必要な時にだけ調べて選ぶことがあるだけだ。

「なんかいいな」と思った空間も、なんでいいのか、なにがいいと思ったのかと考えたことがなかった。

「なんかいいな」と思った空間は、友人と過ごした「大きく広がった気持ちの良い空間」だったかもしれないし、おしゃれなカフェで公共の空間なのだけれども「白っぽくて自分だけを包み込むような空間」だったかもしれない。

もしかしたら、私が好きだと感じた空間について考えることが、今日過ごす空間を選ぶためのヒントなのではないだろうか。

 

空間に対して好きという軸をもつ

私たちが「この空間のこんなところが素敵だ」と表現したとき、何が起こるのだろうか。

空間に対しての軸が生まれるに違いない。

ファッション雑誌でいう、赤文字系・青文字系のような感覚でいい。

 

たとえば、あなたは市役所に行ったとき、なぜかふわっとした気分になった。

役所なのに、うるさくないのだ。

色は白っぽく、天井は高く、日の光が入るエントランスがあり、告知物や情報は一か所にまとめられ空間に統一感がある。

そのとき「シンプルな空間」「散らかっていない白っぽい空間」が好きなのだと自覚する。

 

たとえば、あなたが郊外のショッピングモールに行ったとき、商品に囲まれてわくわくする空間なのに、なぜか退屈な気分を覚えた。

新しいや流行りに囲まれているのに、空間は既視感があるのだ。

どこかで見たことあるような、量産型の店構えはあなたにとって「つまらない空間」だと気づく。

 

なにが好きで、何が好きでないか、言葉にしてみる。

「白っぽくてシンプルな空間」が好きだと言ったら「だったらあの町にいくと、ワインと魚料理がおいしい店があるよ。」とそんな会話がなされる日もあったっていいと思う。

私は、建築を大学という教育機関で学んでみて、最近ではそんな風に思うようになった。

「建築」という界隈は、建築や空間に関する知識や感性の共有がまだまだ未熟なのではないか。

衣食住という、人と切って切り離せない存在であるにも関わらず、建築だけがどこかよそよそしい。

建築の世界は「わかる人にだけわかればいいよ」と言っているように感じる。

 

私たちは、空間についてもっと自由に表現し、好きといい、空間に関して好きの軸をもってみるべきではないか。

健やかな時間を過ごすための選択肢を増やすことができる。

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建築で溢れ切ったこの街で、空間を楽しめる人たちが増えたなら、この街でもまだ生きていける気がする。

この記事は、noteで書いた記事をもとにリライトしています。

サカ│文章見習い
映画鑑賞/編集作業が趣味。建築/旅行/ボカロ文化が好き。26歳。働きながら専門学校に通ってます。
いつか達成したい夢は「商業/公共施設のリノベーション」「五大陸制覇」。❯❯❯❯ ブログ:建築の周辺辞典 https://mid-architecture.com/
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