建築よりも

建築へのアプローチの仕方を考える

人がある場所に集まり、
その空間を気持ちよく過ごす。
建築はそのための手段だ。

 

 

わたしたちの周りにある多くの建築。

なるべくならば「好きだ」と思える空間で日々を過ごしたい。

 

過ごしたいと思う空間が増えるために、建築そのものよりも「建築へのアプローチの仕方=建築の周辺」を多くの人に伝えたいと思い、このサイトを立ち上げました。

MID-architectureでは「建築に関する中間的な情報/思想」を発信していきます。

[主な内容] ●人の集まる場をつくる人/活動
●それらに関する本や映画
●講義や日々の生活から考えたこと

○設計職以外で建築空間に携わりたい人
行政指導でないまちづくりに興味がある人
新築よりもリノベーションに興味がある人
地方での暮らしに興味のある人
建築学科の設計課題ではないところに興味がある学生

といった人たちに「設計職以外の、新しい選択肢を見つけられる建築のキュレーションサイト」を目指しています。

 

 

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昔だれかが「建築とは、総合美術だ」と言いました。その通りです。

近代までは、パトロンと建築家の関係のもと「建築」は成立していました。小難しい単語を並べ、空間の外郭を説明し、総合芸術を生み出すことも建築家の役割です。

もちろん、かっこいい建築をつくる建築家も必要です。

しかし、社会主義が成熟した今、建築はどうあるべきか。

総合芸術だけではやっていけない時代が訪れ、量産型の使い捨ての建築が日本中に建てられ続けています。

その先を考え、立ち位置を変えていく建築家も必要だと思うのです。

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世の中には、いろんな人がいて、

世の中には、いろんな企業があって、

世の中には、いろんな選択肢があります。

 

わたしは、一度デザイン系の学部を卒業したのち、一般企業で働きながら「どうしても建築を学びたい」と思い、夜間の専門学校に通っています。

仕事は設計職ではないですが、「私が素敵だ」と思う空間に向き合えるポジションを社内ないし社外も含め、模索しながら働いています。

働きながら、建築を学び得たものは「空間は手段」だという考えです。

 

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その場で、人が集まり気持ちよく過ごす。

そのためには、もしかしたら素敵な建築が必要で、もしかしたら必要ないかもしれません。

私の書いた文章が「作りたい空間があるが、自分がどこに行ったらいいのか悩んでいる人」に届き、なにかヒントとなることを願っています。

ここがわたしの建築のひとつだと信じて。